中学生の時、新しいスニーカーを買ってもらいました。そのスニーカーはおおむね気に入っていたのですが、一箇所だけどうしても許せないところがありました。かかとのところがそこだけがショッキングピンクになっていて、メーカーのロゴが書かれているのです。お店ではなんとも思わなかったのに、家に帰って履いてみるとそのショッキングピンクのロゴだけがどうしても気になって、外に履いていく気分になれませんでした。せっかく親に買ってもらったのにどうしようかと悩んだ挙句、わたしはかかとの部分を黒いマジックで塗りつぶすことにしました。しばらくその状態で履いていたのですが、やはりマジックで塗りつぶした靴というのも気持ちの良いものではありません。結局古いスニーカーを履いて出かけることが多くなり、そのスニーカーは長い間、靴箱の中に放置されることになりました。
演劇などで、拍手が鳴りやまなくてショーを止めてしまうような素晴らしいパフォーマンスを見せることを「ショーストッパー」といいますが、ソフトウェアの世界ではこの言葉は逆の意味で使われてきました。つまりショーを止めなくてはいけないほど致命的で深刻な問題のことをショーストッパーといいます。例えばオンラインショッピングをしていて商品をカートに入れて注文ボタンを押したら真っ白な画面になってそこから進めなくなった。これは明らかなショーストッパーです。お客様は商品を買いたいと思っていても買うことができず、そこで諦めてしまいます。それどころか不信感を持ってしまって、二度とそのサイトで買い物をしてくれなくなるでしょう。こんなふうにわかりやすいものであればまだいいのですが、ここでは隠れたショーストッパーの話をしたいと思います。それはわたしが中学生の時に買ったスニーカーのロゴのようなものです。一見大したことのないように見えるけれど、そのことが原因で利用者が使うのをやめてしまったり、お店から離れてしまったりするショーストッパーはたくさん存在します。
わたしは普段ウェブサービスの開発や運営をしているので、その例を挙げてみます。みなさんはこんなサイトに遭遇してそっとアプリやブラウザを閉じてしまった経験はないでしょうか。
こういったものは、商品やサービスに込めた全ての労力を台無しにしてしまいます。どれだけ魅力をアピールしたところで、お客様に「買わない理由」を与えてしまうことになります。ショーストッパーのせいでお客様はそこでショーを観るのをやめてしまいます。もうちょっと観てくれさえしたら絶対満足してもらえるのにと思ってももう遅いのです。
ソフトウェアに限らず、リアルなお店などでもショーストッパーは存在します。
やたら高圧的なスタッフ
公共の施設などでこういうおじさんと遭遇して、もうここを利用するのはやめようと思った事が何度もあります。
入れないお店
ちょっと気になるお店だけど外から中の様子がまったくわからないので怖くて入れない。もったいないですね。
トイレの行列
いっぱい飲みたいけどトイレに並ぶのが嫌だからなるべく飲まない。飲まないならそもそも行かないでも良くない?ってなります。
隠れたショーストッパーの怖いところは、なぜお客様が自分たちの商品やサービスを選んでくれないのか、その理由を知るのが難しいことです。明らかな不具合であれば利用者も指摘しやすいのですが、こうしたちょっとしたことが「選ばない理由」の場合、細かい人間だと思われるのは嫌だなとか、そう感じるのは自分だけかもしれないと思って指摘するのを遠慮してしまいます。
だいぶ前のことになりますが、急にわれわれのサービスのユーザーが増えなくなったことがありました。特にシステム障害なども発生しておらず普通に使えているのでおかしいなと思っていたのですが、よくよく調べたらSNSから新規のサインアップができなくなっていたことがわかりました。原因はSNS側の連携の仕組みに変更があったためでした。影響があったのは新規でサービスを試してみようというお客様だけだったので、その方たちは単純にわれわれのサービスにがっかりして離れていったのでした。親切に不具合があることを教えてあげようなどと思うはずもありません。これが通常利用されているお客様にも影響があったのであれば、もっと早く発見できたでしょう。こんなあからさまなショーストッパーを見つけだせず、これから使っていただけたかもしれないお客様をがっかりさせてしまったことは今でも恥ずかしく思っています。
ここで隠れたショーストッパーを発見する方法をいくつか紹介してみます。
テスト、リハーサルを入念にやる
もっとも基本的なことです。実際に運営してみると問題はいくらでも出てくるものです。事前のテストやリハーサルでつぶせる問題はつぶしておくに限ります。
ドックフーディングをする
これもソフトウェアの業界の用語ですが、自分たちで作ったソフトウェアを自分たちで実際に使ってみることをドッグフーディングといいます。お店だったら自分のお店のサービスを自分で受けてみるのもよいでしょう。実際に体験してみることで、作る側からは見過ごしていた利用する側の視点から、改善すべきことに気づくことがあります。
ユーザーを観察する
利用してくださるお客様を観察することで、ああこの説明がわかりにくくて困っているんだなとか、ここは不親切だなといった問題を発見することができます。お客様はこちらが想定したとおりには行動してくれません。え? なんでそんなことするのと驚くこともよくあります。明らかにお客様が失望していることが見てとれたら、そこにショーストッパーがあることになります。
顧客サポートやお客様からの声を受け取るしくみをつくる
お客様からの声はショーストッパーの発見になくてはならないものです。わたしもお客様から指摘されて目から鱗が落ちた経験が何度もあります。しかも時間を割いてまでわざわざ教えてくださるのですから、こんなにありがたいことはありません。メールなどで顧客サポートの窓口を作るか、スーパーなどでよく見かけるようにお客様からの声をカードに記入できるようなしくみを作るのが良いと思います。ただお客様からの要望はなんでも聞けばいいというものではありません。この辺りはまた別の記事で書いてみたいと思います。
データをとって分析する
先にあげた弊社のサインアップの問題は、新規のサインアップ数を常日頃から計測していたために気づくことができました。日頃からデータをとっていればちょっとした変化や、お客様の行動を定量的に分析することができます。ウェブサービスであれば、この画面でサイトから離れていく人が多いんだなとか、ここから来るお客様はあまり利用していないなというように、データがショーストッパーを見つけるためのヒントになります。定量的なデータだけに頼るのはおすすめしませんが、データとお客様の生の声とを合わせることでより効果的なショーストッパーの発見につながります。
商品はいいはずなのになぜお客さんに選んでもらえないんだろうと悩んでいる方も多いと思います。もしかしたらどこかに隠れたショーストッパーがあるのかもしれません。みなさまも一度足元にショーストッパーが落ちていないか、探してみてはいかがでしょうか。