「珈琲文明」は横浜白楽にあるコーヒー専門の喫茶店です。サイフォンで淹れる本格的なコーヒーが評判の名店で、雑誌などでもよく取り上げられています。珈琲文明はオーナーである赤澤 智さんがひとりで経営しています。開業から14年間、一度も赤字を出したことがないのだそうです。引退したらゆっくりカフェでも経営したいな、と考えている人も多いと思いますが、赤澤さんいわくカフェ経営が成功する確率はたったの2500分の3なのだとか。今回は赤澤さんに「好きなことを仕事にする」というテーマでお話をうかがいました。
今日はよろしくお願いします。僕は飲食店の経験はまったくないのですが、個人的に赤澤さんのカフェ経営に関するお話は何度か聞く機会があって、異業種ですがとても参考になっています。先日出版された本も読ませていただきました。ほとんどファンという感じなのですが。
それはどうもありがとうございます(笑)
まず、記事を読まれている方のために簡単なご経歴と自己紹介をお願いできますか。
経歴? どこからお話しましょうか。
ご経歴だけで本が書ける内容になると思いますが、今回はかいつまんでお願いします(笑)
それじゃあ、私はですね、ずっと音楽をやっていたんです。やっていたというと過去のことみたいですけど、今もやっています。若い頃はもう頭のど真ん中は音楽なわけです。大学を卒業しても就職はしないと決めていましたから、塾の講師をアルバイトでやりつつずっとバンドを続けていて、そういう生活を12年間。そして34歳のときにメジャーデビューが決まりました。ようやくレコーディングが動き出して、アルバムのタイトルまで決めていたんですが。ところがいただいたオファーは私が考えていたものとは違っていて、これはデビューしても幸せになれないなということで、直前で契約は破棄することにしました。そのときにプロのミュージシャンになるのを第一に考えるのはやめようと決めました。それで正社員として働くために就職活動を始めたんですが、もう、三十も半ばですから履歴書を送っても面接にもならないわけです。塾講師のアルバイト経験があったので教育業界に絞って就職活動をして、なんとか大手の企業に採用されました。教室数も生徒数も日本で一番の塾を経営する企業です。若い社員が多くてとにかくパワフルでした。ところが私はどこにも所属させてもらえません。ただの雑用ですよね。ポスター貼ったり、宛名書きしたり、そういう細々した雑用を半年くらい。社員になると教室長といって教室をひとつ任されるんですが、それは講師とは違うんです。私は講師の経験はあってもただの使えないやつだったんですね。それが半年ぐらいたって、いきなりあさってから山梨にいってくださいと。いってみれば左遷なんですよ完全に。それでも、まずは任されたという喜びがありました。もちろん雇われの身ですし、本部からの決まりごとはあるけれども、よし自分の城を手に入れたぞと。そこは新規オープンの教室で、講師を募集するところから始めないといけない状態だったんです。でもこれが逆に自分の色を出せることになったんですね。例えば毎月月謝明細をご家庭に送るんですが、その中に教室新聞といって教室でこんなことがあったとか、全然関係ない、イチローがこんな活躍をしたとか、そういうことを書いて月謝明細に入れたり、そういうことを自分で考えてやってました。
現在でも赤澤さんは毎月、珈琲文明のお客さん向けに「文明通信」を発行していますね。
もう完全に経営者になったつもりで、いろんなことをやってましたね。自分が経営者だと思っただけで時給いくらっていう発想は消えるわけですよ。利益を出すこともそうだし、講師のモチベーションとか、生徒たちの向上心をアップさせるにはとか、そういうことをずっと考えてましたよね。
珈琲文明で毎月発行されている「文明通信」
本に書かれていましたが、当時すごい成果を出されたそうですね。
そうですね。生徒が半年間一人も辞めなかったという記録は今でも破られてないと思います。
そこからサラリーマンを辞められて、珈琲文明を開業までの過程がものすごく面白いところなのですが、そこをお話いただくと2時間でも足りないと思いますので、興味ある方はカフェラボの会員になっていただくとして(笑)。まったく違う業種で独立したのは、やりがいはあっても教室の仕事は好きではなかったということでしょうか。
好き、というか、一生涯続ける仕事ではないなと思っていました。教えるのは好きなんですよ。でも教室長といったら雇われ店長みたいなものですからね。教えるのは若さと情熱が必要だったりします。ただ、それまで経営というものが、自分にできると思ったことがなかったので、自分なりにアイデアを出してやったことが結果的に功を奏したのは自信につながりました。それはお店をやろうというきっかけにもなったと思います。
音楽という本当にやりたいことを追求してきた赤澤さんが、今度は自分に得意なことを発見して、そこからさらに、コーヒーというもうひとつ好きなものをブレンドしていったわけですね。当時と比較すると、今、好きなことを仕事にしているという実感はありますか?
それは、すごく好きなことをしてます。とってもいいですね。人に雇われたくないから脱サラする人が多いですが、人を使うのも相当なストレスなんですよ。私がワンオペにこだわるのは、使う側のストレスからも解放されたいからです。非常に自由度が高い、好きなことをやっています。
とはいえ、赤澤さんが趣味でやっているわけでないことは、少しでもカフェ経営のお話を聞いた人ならすぐにわかります。お店の内装や装飾から立地、メニュー、接客にまでこだわり抜いて、考え抜いて経営してこられています。好きなことを仕事にするというと、趣味が高じてみたいな話を連想してしまいますが、趣味と経営の折り合いはどうつけているんですか?
私、コーヒーが好きだと言いましたけど、音楽とお店どっちが好きだと迫られたら、もう一切の迷いもなく音楽っていうんですね。なんの迷いもなく音楽です。じゃあこっちはどうして、比較的結果が出てうまくいっているかというと、ひとつ考えられるのは、私お店に関してはかなり俯瞰して見ているというか、全体を見ているんですよ。音楽って逆にそこだけに集中して見てしまうわけです。お店でそれをやっちゃうと駄目で、特にわかったのは、焙煎をしちゃいけないなと思ったんです。コーヒー豆の焙煎ってとっても私、好きそうなんですよ、どう考えても。というのはすごく職人というか、作品作りに近い感じじゃないですか。でもぜったいそれに手を出しちゃいけないなって。それをやっちゃうと、店全体に目がまわらなくなる。だから自家焙煎はしないって決めたんです。私がコーヒーが好きで好きでたまらない人だったら、自家焙煎をしてしまっていたと思うんですが、そこを踏みとどまれたっていうのは、いい意味でも悪い意味でも、コーヒーというものに対してクールに接しているからじゃないかなって思います。BGMにしてもそうで、この店ではチェロしかかけないことにしているんですが、それはチェロがコーヒーに一番合う音色だと思っているから。そう勝手に思っているんです。この店にはコーヒーが一番おいしくなる音楽だけが必要で、他の音楽は一切いらない。音楽好きだからこの曲もかけたいなとかじゃないんです。さらにいえば、チェロの音楽もいろいろありますが、無音に近いくらい音が小さくなったり、盛り上がりで音が大きくなったりする、音楽用語でいうダイナミクスレンジの広い曲がありますが、私にとっては、これは本当に駄目なBGMです。そういうのは一切排除なんですね。音楽的にいえば素晴らしい曲だとしても、店主としてはただの邪魔でしかないんです。
趣味が入り込む余地はまったくないと。お店が経営が失敗するひとつのバターンとして、多分に趣味を盛り込んでしまうというのがある気がするんですが、どう区別していけばいいでしょうか。
好きなことという要素は大事だと思うんですね。好きなことと、得意なことがあるとしたら、得意なことを仕事にしたほうが成功する確率は高くなります。だからその交わる部分を見つけることになるんですが、でもそれってもうちょっと複合技でいいと思うんですよ。好きなことっていうのは長い時間続けられますよね。得意なことも続けるのにあまり苦労しないと思います。好きなものに費やした時間と、得意なものに費やした時間、それらを合わせると相当なものになるはずです。好きで得意なものってなかなか見つからないでしょうけど、掛け合わせで考えてみると、いろいろ見えてくると思うんですよね。私もお店で毎月閉店後に弾き語りをやってます。無料ですけどお金を取れるレベルと自負してますから、そりゃお客は来るんですよ。いい感じで好きなものと得意なものが融合できたのが、この空間かなと思ってます。単にコーヒーや弾き語りが好きだというのが「好きなことをやっている」の意味ではなくて、人を雇うストレスから解放されているとか、休日どう過ごしているとかも含めて、「好きなことをやっている」といえるんじゃないかと思います。
なるほど、好きなことをやるからには、長く続けたい人が多いと思います。赤澤さんは開業から14年間黒字経営を続けてこられていますが、商売を長く続けられる秘訣があれば教えてください。
長くやるのであれば、利益を出したいですね。よく細々とでいいから続けていきたいという人がいるんですが、細々とやりたい人は長くやっていけません。赤字で終わるからです。黒字できっちり収益を上げていかないと、長くは続かないんです。長く続けられるとは、お店にとってはリピーターがいるかどうかです。私はSNSなどで、土日は混雑するから来ないほうがいいですよと発信することがよくあります。機会損失じゃないかと言われたりもしたんですが、せっかくくつろぎたいと思って来たお客さんが、カウンターに赤の他人がぎっちりに座って落ち着くわけがないんですよ。お店にとっては売り上げが上がるからいいと思うかもしれませんが、長く続けるためには瞬間の利益ではなくて、リピーターを増やすにはどれが最善かを考える必要があります。もうひとつは、業種は奇をてらわず、業態にはオリジナリティを持つこと。扱う商品は、市場が大きいものを選ぶ必要があります。たとえばラーメン屋やカレー屋は成立しますが、あまりにニッチな商品は局地的には売れるかもしれませんが、長く続けるには不利だと思います。スタンダードで普遍的な商品を選んだうえで、勝負できるオリジナリティを持つことです。
ありがとうございます。最後に今飲食店はコロナで大変な時期だと思いますが、こういう状況下で気づいたことや、意識が変わったことはありますか?
それはもうとにかく、ワンオペで良かったということです。従業員を雇っていたら出血量が全然違ってましたから。ワンオペが状況の変化に強いことが改めてわかりました。ただ、このままずっと同じ状態がいいとも思っていません。我々の商売は現状維持と思った時点で衰退しているものですから。さっきの話じゃないけど、好きなことができているといって、それで終わるわけではありません。もうそれは日々、逆向きのエスカレーターに乗っているようなものなんですね。