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小さい商売で大衆を意識するということ

ずいぶん前の話ですが、近所にフレンチのレストランができました。ちょっと敷居の高そうな店だなと思っていたのですが、オープンしてまもなく行ってみることにしました。シェフが一人でやっているらしく、食材や内装、看板などいたるところにこだわりが感じられ、子羊のグリルが絶品でした。それぞれのテーブルには、食材の説明や、ワインの種類について書かれたメッセージカードが置かれていて、シェフから来店のお礼が添えられています。とても感じのいいお店だと思いました。ただフレンチということもあり、それほど頻繁に行くことはなかったのですが、ちょっと特別なことがあったときなどに利用させてもらっていました。オープンから一年くらいして、そのお店は閉店しました。せっかくだからと閉店間際に行ってみると、テーブルに置かれたメッセージカードには、パスタしか頼まないお客様ばかりで毎日せっかく仕入れた食材を廃棄しないといけない。もう疲れましたと書かれてありました。

もう1つ別のお店の話をします。別の地域に住んでいた時ですが、これまた近所にイタリアンのお店がありました。イタリアンといってもこちらはご夫婦でやられている庶民的な感じのお店で、値段も高くないのでよく利用していました。しばらくして、そのお店のすぐ前に大型のパチンコ店ができました。ある時久しぶりにお店に行ってみると、いつも頼んでいたランチがありません。それどころかランチタイムはカレーだけだと書かれてあります。お店の人にどうしてランチをやめたんですかと聞いてみたら、パチンコ屋ができてから、お昼時はパチンコ屋を利用するお客さんがたくさんくるようになったのだそうです。そういうお客さんはすぐに食べてまたパチンコに戻りたいから、パスタやドリアのランチは注文したがらないのだと。そういわれてみたら、なんとなく以前と比べてお店の客層が変わっているような気がしました。それからわたしはそこを利用しなくなりました。何年かして、お店が閉店してしまっということを知人から聞きました。


新しい事業を始めた時のイメージってこんな感じじゃないかと思います。最初は提供できるものがほとんどありません。さらに新しい事業というのは、すでに求められているものではなく、これから求められそうな新しい価値を提供しようとするものです。そうでないと競合と価格で競争するしかなくなるからです。つまり最初の段階で売れるものはほとんどありません。


これに対して大きな企業の既存事業というのはこんなイメージになります。求められているものが十分にあって、それを求める全ての人たちを満足させることができる、これが理想の状態といえます。


なのでみんな頑張ってチラシを刷ったり、広告を打ったりSNSを使ったりしてお客さんを増やそうと、集客を行います。ですがここで注意しないといけないことがあります。それは集客活動で手が届くのは多くの場合、既存のニーズのど真ん中にいる人たちだということです。この人たちを集客しても、求めているものと提供できるものとの差がありますから、せっかく集客してもがっかりして帰ってしまいます。一度失望したお客様を呼び戻すのはものすごく大変なことです。ですがこれはお客様が悪いのではありません。自分たちが提供できる価値を求めていない人を集客してしまったことに問題があります。


そこで自分たちが提供できるものをできるだけ大きくして、求められているものとの重なりを増やそうと考えるかもしれません。ですが売り上げも少ない状態で、提供できるものを増やすのは簡単ではありません。こだわりのフレンチをやりながらみんなが大好きなパスタを提供するために毎朝4時に起き、ワインの品数を増やすために専任のスタッフを雇わないといけないかもしれません。


もしくは多くの人が求めているものに完全に迎合してしまおうと考えることもできます。イングリッシュティーの専門店がタピオカミルクティーをメニューの中心に据えることもできますが、そのお店が10年後も繁盛していると期待はできません。そもそもそれは彼らが本当にやりたかったことでしょうか。


なのでやるべきこととして顧客に歩み寄りつつも、なんとかして自分たちが提供できる価値を示して、理解してもらわないといけません。オウンドメディアで情報を発信したり、顧客にインタビューしたりして、自分たちの価値を求めてくれる少数の人たちを見つけないといけません。このための活動を、わたしたちはファンマーケティングと呼んでいます。


もしあなたが近くにいる少数の人たちを喜ばせるだけで満足できないのであれば、同時にやらないといけないことは、製品やサービスの質を磨いて求心力を高めることです。自分たちの輪の中にいないお客様を虜にできるのは、製品の力以外にはありません。ものすごく優れた製品を適切なプロモーションを行って集客すれば、例え競合他社が満たすニーズのど真ん中にいる人たちでさえあなたのファンにできるでしょう。

ひとくくりに既存顧客や新規顧客といっても、実際はお客様が求める価値というのは一人一人違います。ある人は量が多いからビッグマックを買うのかもしれないし、ある人は食べる時間がもったいないから買うのかもしれません。つまり全員を喜ばせることは絶対にできません。それを踏まえた上で、今自分たちがどんなお客様を喜ばせようとしているのかを意識してみると、何かヒントが得られるかもしれません。